西暦2000年間近,長女が幼稚園に通える年になったので近所の幼稚園に問い合わせると「空きはもうありません」というつれない返事。幼稚園の職員は,いまごろ問い合わせるなど何というのんびりとした親なんだろう,と言わんばかりの呆れた表情をしていた。デュッセルドルフ郊外に自然幼稚園があることを知り,連絡してみると,ここも駄目。そこでようやく幼稚園の入園準備は1年前から行うのが当たり前だということを認識した。同時に,ほかの幼稚園を探す気が失せ,自然の豊かな南ドイツの田舎町に転居しようと急に思いつく。変わり目の早い,いつもの飽き性の夫に今度ばかりはびっくりした嫁さんだったけれども,同意してくれたので週末をかけて南ドイツの黒い森「シュヴァルツヴァルト」までドライブ。森の入り口にあった民宿に泊まり,新聞に載っていた物件にすぐ電話。幸運にも翌日に見せてもらえた。車を降りると町とは明らかに異なる,澄んだ空気を一瞬に強く感じて感激。バーデン・バーデン郊外にある住民700余名のヴィンデンという住宅地の一軒家の2階。広いテラスから沈む夕陽を臨める景観は,ライン川の向うに広がるフランスのアルザス地方だ。森やワイン畑まで徒歩数分,幼稚園までほんの50メートルぐらい。おそるおそる「娘を入れたいのですが・・」と聞いてみると,「もちろん歓迎」といううれしい返事。アパートの家賃は800ユーロ。ちょっと予算オーバーだったけれども,こんな好条件の物件はなかなか見つからないだろうという直観で即決。とんとん拍子にことは進み,ふた月後にはもう南ドイツの住人になっていた。
これらすべては,幼稚園だけではなく,こどもが生まれてからずっと密かに夢見ていた,ジャンジャック・ルソーのエミールのように自然のなかで育てたい,という私のナイーブな教育方針に基づいたものだった。ただ,二十年の年月が経った今,実際的には,子供たちが自然児として育ったかについてはとても心もとなく,その大半の責任は私にあることは間違いない。「自然のなかでこどもを育てる」は言うは易し,自然に恵まれた環境ならば,こどもは自然に馴染んで自然に育つわけではないことを知らされた。人生も子育ても一度限り。エミールを新たに読み返し,今度こそと思っても,娘たちはもう大人になって独り立ちして都会に去っていった。
ところで,日本でもオルターナティブ教育を希望する親が結構いるのか,日本から子供をシュタイナー学校に入れるためにドイツに転居してきた人たち数人と会ったことがある。偶然の出会いにしてもとても多い気がする。子供ともども,というか,親ともども,ドイツに転居するというのは大変なことだ。ドイツ転勤と異なり,大きな賭けに違いない。それほどまで,日本の教育環境は,考えようによっては子供の教育に救いようのないものなのだろうか。そういうことについて話せなかったことが残念だ。かれらは今どうしているだろう。