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善良な人々(その1)

善良な人々(その1)

EUが正式に設立され,メディアでは毎日のように,共通通貨となるユーロの導入について討論が続いていた。現在のAfDの前身となる反EUを掲げた新たな政党も活動を始めたころだった。ユーロ導入となるとドイツマルクが弱くなるから反対という意見に対し,ドイツ経済が強いのであれば,大ヨーロッパのために多少貢献するのは当然ではないか。そしてそれが二度と戦争が起きない保証に近づくのであれば躊躇う理由はないというような世論に分かれていたと思う。 そんななか,あるとき,ドイツ人の中年婦人に,どのような表現を用いたか忘れたけれども,「ドイツマルクが消えると,寂しさや懐かしさがありませんか」とたずねたことがある。 躊躇することなく,いとも簡単に「そんなことは全然ありませんね」。少し間を置いてから,「マルクよりユーロのほうが多くのヨーロッパ人にとってより良い方向に向かうのであれば何も言うことはないでしょう?」。婦人は,戦前に生まれ,戦時中は父親が破産したためもあり二重に大変な子供時代を強いられ,「ハイル!」というのは普通の挨拶だと思い,ナチスも政治も理解せぬまま,しかし「あのような時代だけは嫌だ」が心に染み付いている人だ。聞くと,兄弟や親戚の人たちの多くが,戦後も政治活動などには参加することなく,しかし隣近所の人たちや,共に働いている人たちが困っているときには何か助けられるようにと,自主的な集まりを催したり,というのを一生続けてきたという。愚痴をこぼすことはあっても,彼らから社会や政治への怒りの声が聞こえることはない。最近急激に信者が減りつつあるカトリック教会にも,身体が動かなくなるまで,毎日曜日通っていた。子供たちは,といえば,物心ついて大きくなると,毎日曜日教会に行くのは嫌になったらしく,教会は特別な行事のとき以外は行かなくなったという。婦人は多くの子供たちを抱え,若いころ習得した洋裁技術も結局仕事に活かす機会がないまま,子供たちの衣服代の節約のために役立っただけらしく,子供たちはみんな,耐えるだけだったお母さんの人生に同情を隠せない様子だ。 その婦人も,そして,婦人が語っていた「できる人が,できることを,できる人たちのために」を一生続けた人たちもみんな亡くなった。