ドイツのパン
ユネスコの無形文化財として申請中のドイツのパン文化
ドイツ製パン組合によると,ドイツで登録申請されているパンの種類は2583種だそうです。
一般的に知られている名称だけでも300種といわれています。
ドイツ人のパンの消費はここ数年停滞気味ですが,減っているわけでもなく2019年度の総売上高は125億ユーロ(152ユーロ/1人)とみられています。ひとり当たり毎年87kgのパンを食している計算です(因みにフランスは55kg)。
パンの消費量は変わらずとも,パン屋の総数は20年前と比較すると平均3割近くも減っています。また,パン屋さんの仕事は朝が早く,楽ではないためか,パン職人になりたい若者たちの数は減っているようです。
アメリカほどではないにしろ,ドイツでも肥満の大人・子供が増えているので,ファーストフード,甘いもの,油の多い食事や肉の量を控えるようにとのキャンペーンを見かけるようになりました。
それと共にできるだけ Vollkornbrot(全粒パン)を食することを,多くの健康・栄養機関は奨励しています。90%以上の全粒または全粒粉を用いていないとVollkornbrot(全粒パン)またはSchwarzbrot(黒パン)と 名づけることは許可されていません。
しかし,黒っぽいパンが全粒パンとは限らないそうです。
それで,Vollkornbrot(全粒パン)を購入する際は,包装紙に記されている成分を確認するか,パン屋さんならば,Vollkornbrot(全粒パン)が欲しいことを伝えると確実です。
また,黒パン,全粒パンが好き,または一度ぐらい試したいという人はぜひ Pumpernickel(プンパーニッケル)にも挑戦してください。シベリアの捕虜収容所に居た人は懐かしがるかもしれないような超黒パン。粗挽きしたライ麦のみのパンなので栄養たっぷり。
100グラムのプンパーニッケルには,成人が毎日必要とされる食物繊維の3分の1が含まれ,細胞内代謝に重要なビタミン3が豊富です。
パンの分類方法はいろいろありますが,用いている材料からの分類だと・・・
- Roggenmischbrot(ライ麦の黒パン: 無漂白パン,ライ麦の含有量 51-89%)
- Vollkornbrot/Schwarzbrot(全粒粉パン)
- Weizenmischbrot(小麦粉の無漂白パン: 小麦の含有量 51-89%)
- Roggenbrot(ライ麦パン: ライ麦の含有量 90%以上)
- Weizenbrot(小麦粉パン: 小麦粉の含有量 90%以上)
- Mehrkornbrot(多種穀物パン: 最低3種類の穀物含有要)
- Dinkelbrot(スペルト小麦粉パン)
- Mischbrot(黒パン)
- Haferbrot(カラス麦パン)
ドイツで一番売れているのは,Roggenmischbrot で全消費量の約4分の1,続く Vollkornbrot と Weizenmischbrot が,やや少なくても同じぐらいなので,ドイツ人の3分の2以上の人が黒っぽいパンを好んで食していることがわかります。
パン屋さんに並ぶ多くのパン。名前が分からない場合は,例えば上記のパン名と共に,"hell"(白っぽい) とか "dunkel"(茶色っぽい)または,"körnig"(穀物や種の粒入り) などの形容詞を付けると,いくつかの候補を挙げてくれると思います。
また,パンの耳は,"Kruste" または "Rinde" と呼ばれますので,固いパンの耳が苦手な場合は,柔らかいパンの耳 "weiche Kruste" とか言えば,そういうパンを差し出してくれるでしょう。
ドイツやヨーロッパでは,食パンが美味しいパン屋さんは日本人のひいきになると言われますが,ドイツ国外では,最低3種の黒パンが揃えてあるとドイツ人が気に入る店やホテルになるようです。
ドイツのテレビ

ラインラント・プファルツ州の州都マインツを所在地とする大放送局で,約3600人が従事しています。戦後,1950年代の終わり頃,CDU(キリスト教民主同盟)のアデナウアー首相が2つ目の公共放送局を設立することを提案しました。表向きは一局では独占的になるのでよくない,という理由でしたが,恐らく政府にもっとやさしい放送を流したいというのが本音だったようです。SPD(社会党)が与党であるハンブルクとヘッセン州はアデナウアーの計画に反対して,ドイツ憲法裁判所に訴え,結果アデナウアー・テレビと呼ばれる計画は裁判で正式に却下されます。ドイツ憲法裁判所は,却下の説明にあたり,アデナウアー計画の内容だけではなく,いかに公共放送でも国の管理下に置かれるのは無線の波長や設備,経営などのハード面であって,番組内容のソフト面に対しては,完全に自由でなければならないと釘を刺します。その後,ドイツの多くの州が共同で第二放送局の設立を計画し,最終的にはドイツ全土の州が同意して1961年に正式にZDFが設立されます。
名称は,ヨーロッパ共同となっていますが,フランスとドイツの合同制作で,フランス語・ドイツ語の2ヶ国語放送です。1990年,当時のベルリンを含む西ドイツ10州とフランスで取り交わされた条約に基づいて1991年に設立,1992年5月30日に放送開始をしています。その数年前から,ドイツ・フランスの国境地帯で両国の人たちも多く住んでいるラインラント・プファルツ州とバーデン・ヴュルテンベルク州などが2ヶ国語放送の構想を立て,当時のヘルムート・コール首相とフランソワ・ミテラン大統領の支援によって実現したものです。本所在地はフランスのストラスブールで,国境を越えたドイツのバーデン・バーデン,そしてパリ郊外にも放送局があります。

時代のキーワードはオンラインと国際性
パリから来た(大阪の)友人が「ドイツ人はやっぱインテリやなぁ。むずかしそうなことがびっしり書いてあるやん。フランスのL'Express みたいな週刊誌やろうけど,やっぱフランス人かなわんで。全然ちゃう」と驚いたシュピーゲル誌(ドイツ語なので彼は勿論読めませんが)。これでも以前と比べる とページ数は減り,広告などの大きい写真ページが増えています。
シュピーゲル誌へのニュース誌独占に対する挑戦として1993年に誕生した週刊誌ですが,競合するというよりも共存を狙って発行したようです。ブルダ財閥とも呼ばれる出版社 Burda は,数多くの新聞・雑誌を出版しているドイツのメディア王です。
戦後まもない1948年にハノーバーで創刊,以来,写真がきれいで読みやすいシュターン誌は,木曜日はシュターンを買う日,という固定ファンがとても多いベストセラー誌でした。でした,と書くのは,近年,といってもこの20年ほど前から非常に多くの種類の週刊雑誌が発行され,人々の趣向も多様になっているからです。
芸術や社会の傾向などを別の視点から見ているような,ニュース性を重視しないアート・アカデミックな感じの雑誌です。
証券株式や世界企業の動向を知りたい企業人にとっては購読すべき経済誌。
考えてみると,ドイツや日本人に限りませんが,海外生活を始め,言葉も分かり始めると,多くの人たちがその土地の人たちと自分の母国を比べ,あれやこれやと民俗学的な意見を述べ始めます。ジャーナリストや大学の先生たちの意見は説得力にあふれ,一般の人たちもブロガーを筆頭に,あらゆる独日比較を発信するようになりました。