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バーデン・ヴュルテンベルク州

Ichiro Nagata ドイツという国 2025年06月10日

Baden-Württemberg

baden-wuertembergバーデン・ヴュルテンベルク州

自然では,南のスイス国境地域に広がるドイツ最大の湖ボーデンゼー(Bodensee)と,州の西半分を占める黒い森(Schwarzwald)が有名ですが,メルセデス・ベンツのシュトゥットガルト周辺またはドイツ最古の大学と古城で知られるハイデルベルクを第一に挙げる人もいるかも知れません。

もともとバーデン地方(バーデン王国)とシュヴァーベン地方(ヴュルテンベルク王国)に分かれていた地方で,戦後も北部のアメリカ占領地域,南部のフランス占領地域に分断されていましたが,1951年の住民投票によってひとつの州になりました。方言も強く,シュヴァーベン地方の言葉とでも言ようものなら,「ここはバーデン地方ですよ」と抗議されるほど似て非なるものの静かな対立があるようです。
いずれにしても方言は強く,バーデン・ヴュルテンベルク州はそこを逆手に取って,"Wir können alles. Außer Hochdeutsch."(私たちは,標準語以外なら,何でも出来ます)を州のPR用語にしています。

カールスルーエからフライブルクまでは,ライン川沿いのワイン畑が数百キロ続く,日本人にも馴染みの深い風光明媚な「黒い森」地方になります。鳩時計(ドイツではカッコウ時計)も黒い森が発祥の地,またドナウ川も黒い森の水源から始まります。
因みに,大学都市フライブルクはドイツ人の住みたい町の人気投票でトップの座を保っています。
そして,2011年,ドイツ初の緑の党のクレッチュマン州首相を誕生させたのもバーデン・ヴュルテンベルク州です。

人口: 1千万人
州都: Stuttgart(シュトゥットガルト)

>>> バーデン・ヴュルテンベルク州の公式サイト
>>> バーデン・ヴュルテンベルク州観光局の公式サイト

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ベルリン

Ichiro Nagata ドイツという国 2025年06月10日

Berlin

berlinベルリン

1945年から1990年までの東西ドイツ分割の時代を除き,18世紀のプロイセン王国の時代から常に首都であり続けたベルリン。しかし,都市として登録されたのは12世紀ですから,ヨーロッパ諸国の中では若い都市ともいえます。
ベルリンの面積は約900平方キロもあり,広大です。往年のベルリンの壁も,東西45km,南北38kmの長さがありましたから,パリなどより大きいのではないでしょうか。そして街の4分の1は緑地または湖です。

統合ドイツの首都として新たな出発をしたベルリンですが,表面上は華麗に見えても実経済はいまだに火の車。政府所在地の首都なのでいくらでも負債は許可される感じです。日本へならば世界の銀行がいくらでも金を貸すように,ベルリンも同じように貸してくれる金融機関を探す苦労は少なくても,20年以上も負債が増え続けると,どこかおかしいと多くの人が感じ始めます。さらに,ベルリン新空港の前代未聞のコーディネートミスが追い討ちをかけたか,ヴォーヴェライト市長も辞任を余儀なくされました。

それでも,ベルリンはコスモポリタンへの道を着実に歩み始めています。オールナイト・パーティーを求めてヨーロッパ中からやって来る若者たちだけではなく,欧米のネット業界の起業家たちがベルリンに集まり始めているのには,単にロンドンやパリよりも労働力や家賃が安いという以上の理由がありそうです。今までは,ドイツ人の英語力の低さに閉口してきましたが,北欧やオランダのように,徐々にでも「英語が通じて当たり前」のベルリンになってくれることを期待します。

>>> ベルリン市の公式サイト
>>> ベルリン観光局の公式サイト

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ハンブルク

Ichiro Nagata ドイツという国 2025年06月10日

Hamburg

hamburgハンブルク

正式名称の自由ハンザ都市ハンブルクから分かるように,ハンブルクはハンザ同盟に加盟した1321年以降急速に発展した港湾都市です。100年前まではニューヨーク,ロンドンに次ぐ世界三大貿易港のひとつで,多くの日本人や日本企業がドイツの在留地として最初に住み始めたのもハンブルクです。戦後,海運・造船業界が衰退するにつれ,航空産業などにシフトしています。エアバス生産工場もハンブルクにあります。また,メディアでは,ドイツ通信社DPA,ニュース週刊誌の代表格 Der Spiegel(シュピーゲル)などがあることもあり,多くの出版社が本社を置いています。日本の時事通信社も昔からハンブルクを拠点としています。また,ハンブルク生まれでハンブルク方言しか話せない(?)ヘルムート・シュミット前首相をはじめ,SPD社会民主党が強い地域としても知られています。
街の景観も,多くの港町のように,世界中からの荒くれ船員たちに群がる飲み屋街と女性街という雰囲気は皆無で(レーパーバーンはありますが),何か垢抜けた,ややインテリ,かなりリッチという印象を受けます。

ウド・リンデンベルクのかすれ声でレーパーバーンの名称の方が有名になった感じですが,地区名は St. Pauli(ザンクト・パウリ)。ビートルズが毎晩4-5時間演奏し,ポール・マッカートニーも「ハンブルクの特訓で力と自信がついた」と言って懐かしがるハンブルク,といってもザンクト・パウリしか知らなかったようです。

>>> ハンブルク市の公式サイト
>>> ハンブルク観光局の公式サイト

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ブレーメン

Ichiro Nagata ドイツという国 2025年06月10日

Bremen

bremenブレーメン

都市州としてのブレーメンという場合,ブレーメン市とブレーマーハーフェン市の両方を指し,ブレーメンは州都となります。昔から港町として栄えていましたが,やはり海(北海)から57キロも離れているというのが難点だったのかも知れません。1827年に河口に都市ブレーマーハーフェン(ブレーメンの港の意)が建設されてからも,ブレーメンまでの航路は確保されたものの,港町としてのブレーメンの機能は徐々に落ちていきます。

ブレーメンもハンザ都市(1358年)ですが,近代においては,一般的には造船都市として知られていると思います。第二次大戦直後の時期は,アメリカからの援助物資がまずブレーメンに着いたこともあり一時期活気を浴びていました。しかし,ドイツ最大の造船会社ブレーマー・ブルカン社の倒産後(1996年),造船業は急速に衰退し,ルール工業地帯と並ぶ失業者地域としても有名になったようです。
にもかかわらずグリムだけは永遠に健在。グリム童話の「ブレーメンの音楽隊」が大きなPR役を果たしてくれ,グリム童話ファンのメッカにもなっています。

また,ヴェーザー川沿いのウォーターフロントに並ぶカフェテラス,そして学生街(1970年に総合大学設立)など,時代の流れと共にやや余裕を持った小都市として再出発しているのもブレーメンです。

Leuchtturm Roter Sand(赤い砂の灯台):

1878年,ドイツで初めて建設されたオフショア施設が,沿岸から30kmの北海に浮かぶ灯台 Roter Sand(赤い砂)です。
>>> Roter Sand e.V.

人口:
ブレーメン: 55万6000人
ブレーマーハーフェン: 13万人

>>> ブレーメン市の公式サイト
>>> ブレーメン観光局の公式サイト

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シュレースヴィッヒ・ホルシュタイン州

Ichiro Nagata ドイツという国 2025年06月10日

Schleswig-Holstein

schleswig-holsteinシュレースヴィッヒ・ホルシュタイン州

ドイツ最北,ハンブルク以北に位置する州です。実際,この辺りは全土がデンマークだったのか,祖先からドイツ人という人たちがどの程度いるのか,なかなか分かりません。政治的には,9-10世紀にデンマーク王の支配下に置かれて以来,部分的・全体的にドイツに属したり,またデンマーク領となったり,ほぼ独立した形となったりの繰り返しだっとようです。地理的には,東はバルト海,西は北海,北はデンマーク国境,そして6万人以上のデーマーク人が住んでいる北部のシュレースヴィッヒ地方と南部のホスシュタイン地方とに分かれています。シュレースヴィッヒで有名な場所は(一般的には)わずか一ヶ所,ハイタブ(Haithabu)という,バイキングの町です。ハイタブは,バルト海,北海沿岸で,都市としての機能を持った初めての集落で,最盛期の10世紀ごろには約1000人が住んでいました。すでに1000年ごろに破壊されたので当時の面影はありませんが,バイキング時代を想像できる景観は変わっていません。当時のバイキング社会の様子は博物館で知ることができます。
>>> ハイタブ・バイキング博物館(Wikinger Museum Haithabu)
シュレースヴィッヒ・ホルシュタインに観光・休暇などの目的で訪れる日本人はあまり多くはないからも知れませんが,西側の北海には美しい島々がいくつも浮かんでいます。また,ハンザ同盟都市キール(人口25万人)のヨットレースをはじめ,マリン・スポーツのファンにとっては,北海・バルト海の沿岸はドイツ随一の場所です。
もうひとつのハンザ同盟都市であり,トーマス・マンの生地でもあるリューベックも美しい町として知られています。

人口: 280万人
州都: Kiel(キール)

宗教:
プロテスタント: 53%
カトリック: 6%
その他の宗教または無宗教: 41%

>>> シュレースヴィッヒ・ホルシュタイン州の公式サイト
>>> シュレースヴィッヒ・ホルシュタイン観光局の公式サイト

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メクレンブルク・フォーポマーン州

Ichiro Nagata ドイツという国 2025年06月10日

Mecklenburg-Vorpommern

mecklenburg-vorpommernメクレンブルク・フォーポマーン州

ポマーンとはスラブ語で,海岸の意。バルト海を臨むドイツ最大のリゾート地域,メクレンブルク・フォーポマーンは,州全土が野生動物も多い国立公園です。旧東ドイツに属していた頃は西ドイツの住民は全く行くことが出来なかった自然の宝庫。バルト海沿岸はとても変化に富み,内陸では約650の大小の湖を囲む自然保護地域が広がっています。湖の間に広がる田園地帯は,氷河時代に形作られた地形です。

また,シュトラールズュンド(Stralsund)とヴィズマー(Wismar)の旧市街は,2002年にユネスコ世界文化遺産に指定されています。

人口は約160万人ですが,東西ドイツの統合後,観光的には西側ドイツから人々が押し寄せて訪問し始めたと同時に,多くの住民が西側に移住(移転)したため,20数年を経て数十万人少なくなっています。また,禁止すべきか否かで論議を呼び続けているドイツの最右翼,NPDドイツ国民民主党がほぼ10%を占めているため,観光はともなく,住むとなると,我々有色人種は二の足を踏みます。

人口: 160万人
州都: Schwerin(シュヴェーリン)
失業率: 10%

宗教: ほとんど無宗教
プロテスタント: 17.3%
カトリック: 3.3%

>>> メクレンブルク・フォーポマーン州の公式サイト
>>> メクレンブルク・フォーポマーン観光協会

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ブランデンブルク州

Ichiro Nagata ドイツという国 2025年06月10日

Brandenburg

brandenburgブランデンブルク州

旧東ドイツに属していたベルリンの周囲地域がブランデンブルク州。東はポーランドと国境を接しています。陸の孤島の住民だったベルリン市民にとっては,別の意味で自由の空気が入って来た感じだと思います。シュプレー川を筆頭に運河のような川沿いに,緑に囲まれた多くの地域も魅力ですが,ブランデンブルクといえば州都ポツダム,ポツダムといえば,やはり壮大な王宮に尽きます。広大な庭園とサンスーシ宮殿で有名な旧プロイセンの王宮に匹敵する場所は,他にドイツにはないと思います。

この一帯を制していたブランデンブルク辺境伯の領地の登録年は1157年となっています。しかし,1800年頃からプロシア王国の勢力が強まるにつれ,ブランデンブルクという名称は選帝侯や辺境伯というよりも徐々に地名となったようです。東西ドイツの統一後,ベルリンとブランデンブルク合併の論議もありましたが,結局住民投票で否決されたのは,旧東ドイツ市民との価値観の違いも然ることながら,孤島で生き続けてきた西ベルリン市民のベルリンに対して抱いている強い想いではないでしょうか。

人口: 245万人
州都: Potsdam(ポツダム)

>>> ブランデンブルク州の公式サイト
>>> ブランデンブルク観光局の公式サイト

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ニーダーザクセン州

Ichiro Nagata ドイツという国 2025年06月10日

Niedersachsen

niedersachsenニーダーザクセン州

フォルクスワーゲン本社,グリム街道,ハノーバー見本市などで知られながら,地理的な位置はあまり頭に浮かんで来ません。しかし,北部は北海沿岸に東フリースラント諸島が並び,北西はオランダと接しています。主要鉄道が北部を横切っていないこともあり,なかなか通り過ぎる機会もないので,訪れたいという興味もあまり沸かないかも知れません。しかし,車で田舎を廻ると,沼地や湿原の間に,本当に中世から時代が止まったかのような城がいくつも現れるのは圧巻です。

現在の州都ハノーバーの領主は,1714年から1837年までイングランド王を兼ねており,ドイツ嫌いの英国人にわずかな好感を与える史実となっているようです。 また,大学町ゲッティンゲンは,気のせいかドイツ人の知性と奥ゆかしさを感じる文化の香りもするのでお奨めです。

人口: 780万人
州都: Hannover(ハノーヴァー)

>>> ニーダーザクセン州の公式サイト
>>> ニーダーザクセン観光局の公式サイト

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ノートライン・ヴェストファーレン州

Ichiro Nagata ドイツという国 2025年06月10日

Nordrhein-Westfalen

nordrhein-westfalenノートライン・ヴェストファーレン州

総面積ではドイツ全国で4番目の大きさですが,総人口(1790万人),人口密度(515人/km2)共にドイツで最も高い地域です。特に,西はデュッセルドルフ,東はドルトムンドまでの地域は,ヨーロッパ最大の密集地帯のひとつです。

文化というか,国民性というか,人々の性格・価値観は,大きく分けて,ラインラント地方(Rheinland),ヴェストファーレン地方(Westfalen),そしてリッペ地方(Lippe)によって非常に異なるといわれます。それに関係あるかどうか,ケルンの謝肉祭(カーニバル)はドイツ最大の規模で数ヶ月にわたるドンチャン騒ぎを毎年楽しみにしている人たちがとても多いようです。

戦後,ヴェストファーレン地域とラインラント地域が占領軍により統合され,現在の州になりました。小中学校で習ったルール工業地帯は1960年代から下降を辿り続け,今は見る影もありません。往年のヨーロッパ最大の工場密集地帯は,いろいろなアイデアを駆使して都市構造の改革を図りながらもがいている感じです。高い失業率の中で新たな都市形成に苦労しているのに比較し,負債ゼロのホワイトカラー都市デュッセルドルフの高経済は対照的です。
州都はなぜか,ドイツ随一の大聖堂があり,人口も多いケルンを差し置いてデュッセルドルフになっています。工業では,日本人には,日本のトヨタ都市のような製薬会社バイエルの都市レーヴァークーゼンや刃物都市ゾーリンゲンの方が馴染みがあるかも知れません。

人口: 1790万人
州都: Düsseldorf(デュッセルドルフ)

宗教
ローマン・カトリック: 40%
プロテスタント: 30%
無宗教: 25%

>>> ノートライン・ヴェストファーレン州の公式サイト
>>> ノートライン・ヴェストファーレン観光局の公式サイト

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ヘッセン州

Ichiro Nagata ドイツという国 2025年06月10日

Hessen

hessenヘッセン州

ヘッセンは,神聖ローマ帝国時代に名づけられた称号ヘッセン方伯領(Landgrafschaft Hessen)を主に,13世紀の中世の時代から分割と統一が繰り返されてきた地域です。
北部のカッセルには,カール辺境伯がなだらかな丘を利用して創ったヨーロッパ最大の公園があります。

ヘッセンよりもフランクフルトの方が知名度が高いでしょう。ここでも最大都市フランクフルトではなく,小さな保養町ヴィースバーデンが州都です。フランクフルト空港周辺に広がる工業地帯を廻ると意外に思えますが,ヘッセン州はドイツ全土で最も緑地が多く,総面積の約40%を占めています。特に,標高数百メートルまでの低い山々が多いので,西ドイツでは平野が広がる光景が当たり前と思い込んでいた身には,とても新鮮に写ります。グリム兄弟が人生の大半をヘッセンで生きたのも分かるような気がします。

また,ドイツの中心は,ベルリンでもミュンヘンでもなく,地理的にも交通の便からも中心的なフランクフルトと言ってもいいと思います。

人口: 600万人
州都: Wiesbaden(ヴィースバーデン)

>>> ヘッセン州の公式サイト
>>> ヘッセン州観光局の公式サイト

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ラインラント・プファルツ州

Ichiro Nagata ドイツという国 2025年06月10日

Rheinland-Pfalz

rheinland-pfalzラインラント・プファルツ州

小さい州ですが,ベルギー,ルクセンブルク,フランスなど,3国と国境を接しています。また,ライン川,モーゼル川,ザール川沿いの丘や廃墟など,ドイツ観光のハイライトして知られています。ローレライがあり,ライン下りをする場所と云えば,あぁ,と思われる方が多いと思います。日本では,昔NHK放送の終わりには国旗がなびいていましたが,ドイツのテレビではコブレンツと国旗が映されていました。ライン川とモーゼル川の交流地点「ドイツの角」がドイツの象徴だったのかも知れません。

州都はマインツです。地図を見ると分かりますが,マインツはライン川沿いでラインラント・プファルツ州の北端,川岸の向こうはヘッセン州の州都ヴィースバーデンなので,2つの州都市が向かい合っていることになります。マインツといえば,グーテンベルク,そしてステンドグラスの綺麗な聖堂でしょうか。ドイツ第二放送局ZDFの本社もマインツです。 そして,ドイツで最も古い町でカール・マルクスの生地トリアもラインラント・プファルツ州です。
関係ありませんが,pfalz はカタカナでどう書くのでしょうか。小さい「フ」を書けると完璧なのですが残念ながらタイプできません。

人口: 400万人
州都: Mainz(マインツ)

>>> ラインラント・プファルツ州の公式サイト
>>> ラインラント・プファルツ州観光マーケティング

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ザールラント州

Ichiro Nagata ドイツという国 2025年06月10日

Saarland

saarlandザールラント州

西側はルクセンブルク,南はフランス(モゼル地方,ロレーヌ地方)と国境を接しています。
州都市であるブレーメンを別にすると,ドイツで最も小さな州です。ナポレオンの時代にはライン川まで征服されたこともあり,国境地域には多くのフランス人が住んでいます。フランスのアルザス・ロレーヌ地方と同様,石炭・鉄鉱石が豊富だったこともあり,フランスとの間で幾度も陣取り合戦が繰り返された地域です。1920年にはヴェルサイユ条約に沿ってフランスに,そして1935年,ヒットラー政権下で,公平だったかどうかは分かりませんが,90%がドイツ帰属を希望したという住民投票の結果を示し,ドイツに戻りました。戦後は一旦フランスとなり,1955年の住民投票で再び(西)ドイツに戻るという運命を辿って来ています。

ルール工業地帯と同じく,ザールブリュッケン工業地帯もかつての炭鉱業・製鉄業の活気とは裏腹にさびれた雰囲気が漂っています。しかし,1986年に製鉄業の歴史の幕を閉じた後,初めて産業遺跡としてユネスコ文化遺産に登録されたフルクリンゲン製鉄所(Völklinger Hütte)がザールブリュッケン近くにあります。
>>> Völklinger Hütte

近年,バーデン・ヴュルテンベルク州のカールスルーエなどではフランスから毎日通勤する人たちが結構いますが,ザールラント州は工業化が衰退しているので,逆に多くの人たちがロレーヌ(フランス)やルクセンブルクに通勤しています。

人口: 99万人
州都: Saarbrücken(ザールブリュッケン)

>>> ザールラント州の公式サイト
>>> ザールラント州観光局の公式サイト

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ザクセン・アンハルト州

Ichiro Nagata ドイツという国 2025年06月10日

Sachsen-Anhalt

sachsen-anhaltザクセン・アンハルト州

中世の頃はスラブ民族とゲルマン民族の境目といわれていた地帯です。旧東ドイツ時代にハレとマグデブルクに分かれていた地域がドイツ統合によって,ひとつの州として再出発することになった州です。東部ドイツで最も美しい大聖堂のある古都,マグデブルクが統一ドイツの下で州都になりました。
州で一番大きな町は,世界的な研究所や大学で知られるハレ(Halle)です。
自然の美しさが有名な隣り(南西部)のテューリンゲンの影に隠れ,観光的には魅力が薄い印象がありますが,なにを隠そう,実はバイエルン州と並び,バウハウスやルター記念館を筆頭に,ドイツでユネスコ文化遺産が最も多い地域です。
>>> ザクセン・アンハルトのユネスコ文化遺産

人口: 225万人
州都: Magdeburg(マグデブルク)

>>> ザクセン・アンハルト州の公式サイト
>>> ザクセン・アンハルト州観光局の公式サイト

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テューリンゲン州

Ichiro Nagata ドイツという国 2025年06月10日

Thüringen

thueringenテューリンゲン州

ドイツの緑の心と呼ばれるテューリンゲンの森と言えば,森好きのドイツ人にとって心の故郷を思い起こさせ,ゲーテやシラーなどが愛した地方であることから,ドイツ文化の匂いも漂う,とにかく人気ナンバーワンの州のようです。北のプロイセンを「力・規律」というならば,南のワイマールは「知・寛容」でしょうか。文科系の人たちはゲーテ,シラー,フランツ・リストを思い浮かべるのに対し,理科系の人たちはイェーナの精密光学「カール・ツァイス」の方に興味を示すかも知れません。

地理的にはドイツの中心に位置し,外国と接することもなく,大きな湖や海もありません。そして人口密度もドイツ平均(226人/km2)のほぼ半分の134人/km2 です。
しかし,古い歴史を有する地方だけに,ドイツの歴史が最も感じられる州ともいえます。マーティン・ルターがかくまわれていた壮大なヴァルトブルク城,中世の建築物が美しいアイゼナッハやエアフルトをはじめ,数多くの小さな古都がそっくりそのまま残っているのもテューリンゲン州です。

人口: 210万人
州都: Erfurt(エアフルト)

>>> テューリンゲン州の公式サイト
>>> テューリンゲン州観光局の公式サイト

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バイエルン州

Ichiro Nagata ドイツという国 2025年06月10日

Bayern

bayernバイエルン州

ドイツと言えばバイエルン,バイエルンと言えばドイツ。なのかどうか,それともバイエルン人はバイエルンを独立国とでも思っているのか,自他共に認めるドイツで最も強力な州がバイエルンです。日本をはじめ,外国で紹介される典型的なドイツの写真には,バイエルン男女の民族衣装風の装いやビールを片手に騒ぐ様子が度々掲載されるのはご存知のとおりです。ドイツ人ですら,ドイツには山がないと言いますが,オーストリア国境にあるツークシュピッツェは標高2962メートルあり,ドイツの最高峰です。
ドイツのブランド的なロマンティック街道もバイエルン州。ドイツも再び広くなり,もはやバイエルンが典型的なドイツなどとはとても呼べないのに,誰も頼んでもいないのに,ドイツの代表格として鎮座して,観光,政治,経済,メディアなど,あらゆる面で海外への「ドイツPR」にも余念がないバイエルン。バイエルン州首相は昔から,ドイツ国の代表のような態度で海外に度々行き,独自の経済交渉を展開しています。

また,教育水準の高さにおいてもドイツでは群を抜き,バイエルンの厳しいギムナジウムでアビトゥアを取得すると,ドイツ全土で一目置かれるといわれるほどです。
さらに,先日サッカー・ワールドカップで優勝したドイツ・ナショナルチーム選手の半分以上がFCバイエルン。そして失業率も低水準。まさに,力・知・金で飛ぶ鳥を落とす勢いのバイエルンには,羨ましいを通り越して憎らしくなってしまいます。

人口: 1200万人
州都: München(ミュンヘン)

>>> バイエルン州の公式サイト
>>> バイエルン州観光局の公式サイト

* 上記の観光局サイトにように,独自のファーストドメイン "by" をさっそく用いているのもバイエルンらしい :-)

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ザクセン州

Ichiro Nagata ドイツという国 2025年06月10日

Sachsen

sachsenザクセン州

東はポーランド,そして南東部でチェコと国境を接しています。
旧東ドイツの工業都市ライプツィッヒと文化都市ドレースデンがあるザクセン州は,経済的にも人工的にも東ドイツ最大の州です。
ベルリンがプロシア王の遺産とするなら,ドレースデンはザクセン公国の優れた文化遺産といえます。
対するライプツィッヒは,バッハやメンデルスゾーンなど音楽の天才を生み出しています。ウィーンの少年合唱団に対するライプツィッヒのトーマス教会少年合唱団もバッハと共に有名。また,バッハはアイゼナッハ生まれながらライプツィッヒで活躍した人ですが,ロバート・シューマンとリヒャート・ヴァーグナーはザクセン州の出身です。
また,18世紀の初め,ヨーロッパで初めて磁器が作製されて以来,最も洗練された高級磁器を作り続けているのが小さな村マイセンです。

どういうわけか,ヨーロッパでは風光明媚な山地はどこでも「・・スイス」という呼び名が付けられますが,陶磁器で有名なマイセンやエルベ砂岩山地の地域はザクセン・スイスと呼ばれる美しい一帯です。雰囲気も,スラブ民族のソルビア人も多く住んでいるせいか,変化に富んでいます。

人口: 4百万人
州都: Dresden(ドレースデン)

>>> ザクセン州の公式サイト
>>> ザクセン州観光マーケティング会社

https://www.youtube.com/watch?v=KyzCEAvvACU

1851年建造,現在でも利用されている,煉瓦造りの高架橋としては世界最大のゲルチュ谷橋(Göltzschtalbrücke)

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